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【中学生時代】

2年になった俺たち
そして3年生も引退 ようやく俺らの時代が来ました!!!
後輩もいたけどそこは省略 顧問もなんもしないし俺らが教えてたんだけど正直自分らで必死だったんで ええ

ここらで我々同年代のメンバーの紹介でもしましょうか

キャプテン 白井 シェーク ドライブ主戦型 
副キャプテン 石川 ペン 表ソフト速攻型
俺 シェーク カット主戦オールラウンド型
南 反転式ペン 異質ショート型

K ペン ドライブ主戦型
S シェーク カット主戦型
K シェークドライブ主戦型
N ペン 表ソフト速攻型
I 反転式ペン 異質ショート型
N ペン ドライブ主戦型
N シェークドライブ主戦型
K 反転式ペン 異質ショート型

あれ、11人じゃないの?って話になると思いますが あとから1名増えたんです。
てかこれ特定されるわ まぁいいや。

まぁこの中でレギュラー争いが繰り広げられるわけです。
最初に言っておくと 自分は校内ではへっぽこでした^p^ カットマンと練習してるとカット打ちよゆーみたいになるんですよねー
だからみんな俺の戦い方になれちゃってそれはもうやりにくかった

もうそろそろ紹介してもいい頃だろう。
キャプテンの白井。彼は最大のライバルでした。と勝手に俺が思ってます
彼とは幼稚園からの仲なんですが、てか今でも付き合いあるんですが
こいつのセンスは半端なかった 悔しいんであんまり言いたくないんですが 俺は白井にランキング戦で一度も勝ったことがありません。 どや顔。
ゆえにうちのチームのキャプテンはこの男しかいなかった。
そして副キャプテンの石川。彼は校内だと1位か2位にあたる選手だ。
俺の苦手な表ソフトの前陣速攻型 彼もまた頼れるチームメイトである。

校内のランキングはさておきはやり校外の大会が大事であるわけで。

新人戦 団体戦
俺たちのチームは市内で1位になった
1年間 たった1年ではあったものの浅野先生から受けた指導は本当に身になっていた。

個人戦 
結果だけ書き出すと
市内で 1位 白井 2位 S こんな感じになった。
自分はベスト16だった。あと1回勝てば賞状だった。

せっかくだから書いておこう。
俺は浅野先生が去った年からプレイスタイルを変えたのだ。
これは教頭先生の指示である。 教頭先生はカットマンの東海チャンピオンだったそうで 浅野先生の言いつけを無視してイボ高を剥がし両面裏ソフトラバーに変えたのだ。
もちろん初心者に戻った気分だった。 イボ高と裏ソフトはぜんぜん違うラバー。
今までやってきた1年がすべて無になるような感じだったが教頭先生に逆らうことはできず裏裏のカット主戦のオールラウンダーとして生まれ変わったのだ。

まだ慣れていない裏裏のラケットでよくやったなと思った。



卓球の大会は1ヶ月に2回くらいあったりする。時には地元から離れて大会に出たりもした。

当然練習をしているわけだから 裏裏も慣れていく。

結論から言うと
自分は県大会でも通用するレベルに育っていた。俺は密かに近辺の中学校には知られていて
県で会うトップレベルの選手にも話しかけられたり 仲良くなったりした。
かといって 無敗なんてことはない。 校内では相変わらずぼろぼろ 市内でも他校で強い子はもちろんいて負けることはある。
でも 改めて思うが 俺は楽しんでいた この地味でたいしてかっこよくもないスポーツを。
部活以外にもクラブに参加し社会人の人と打ったりして少しずつだがスキルアップをしていた
これというのも校内のランキング戦 これで上位を取りたかったからだ
影で努力 ひたすら努力 今では考えられないほど俺は頑張っていたと思う。



俺らは3年生になった
最後の校内ランキング戦

この頃には色々と変わっていた
昔強かったS 彼はだらけてしまいやる気がない状態になっていた おそらく顧問となにかあったのだろうが詳しい事情はわからない。
大きく変わったのは 俺である。

校内でいつも6番くらいだった俺が 2位になった 2年生の後半から努力が報われ3位以上にはいるようになっていた。
1位はやっぱり白井 今でも悔しい でも校内にここまで強いやつがいると心強いのは確かである。

1つ大きな大会に出ることになった。
全国の選手が集まる大会だ 俺は愛知県代表に選ばれた
白井と石川も選ばれた
しかしやはり全国大会。恐ろしく強い連中が集まっていた
その大会には今プロで活躍してる女子の選手もいた。石垣というカットマン この名前は頭の片隅においておくのもよいだろう。
ちなみに我々は1回戦負け 自分は栃木の永見という子に負けた 今でも覚えている。俺は負けた原因とか色々彼に聞いたのを覚えている 俺みたいなへっぽこを相手に色々とアドバイスをくれるのはうれしかった。


中学時代最後の公式戦
団体戦は市内で優勝 西三河の大会に出場決定
個人戦、俺はこの試合は本当に記憶に残っている
3回戦突破すると西三河に出れるのだが 3回戦まではすべてストレート勝ち
4回戦、某強豪校K君とあたった。
彼は白井と互角のレベルのドライブマンである 県でも名前の知られている子である

試合は学生時代の卓球ノートと呼ばれるものに書き込んでいるのでそれを確認すれば点数とかわかるのだが今回は省略。結果だけまとめると
フルセットのすえ負けました。 最後はみんなのわかりやすい表現だとタイブレイク 11本とれば本来終わりなのだが
最後の5セット目は18対16くらいまでの戦いだった。

その試合は他校の顧問、ほかの選手、大勢の方が注目していた。
試合の終わった後いろんな人に声をかけられた
「いい試合だったぞ!」「惜しかったな、ナイスファイト!」等々本当に注目されていた
試合には負けてしまったが本当に心に残る名勝負をやってのけたと思う。

しかしこの試合に負けても西三河への切符は持っているのでまだ終わりではなかった。

西三河大会
団体戦は 結論から言うと
某強豪校 Kくんのいるチームと勝率が重なり直接対決となった
1番相手 相手チームの一番強い東海レベルの子がきた
こっちは言い方悪いが捨て駒の子が相手に当てた 理由は彼に勝てるメンバーはうちにはいないから こういう化け物が愛知には結構多く存在する。
これは予想通りの展開。
2番てはK こっちは白井が出た
Kと白井は上記にも記述したが レベル的には同等
しかしさすがは我等がキャプテン 3-1で勝利を収めた
3番てダブルス うちのダブルスは勝率8割はある市内では負けなしのダブルス
しかし相手チームのダブルスも強い
そう ここでフルセットの末我々のチームのダブルスが負けてしまった
ここが勝負の鍵だったのだが…。
4番は石川 相手は相手チームの中ではそこまで強くない選手 正直石川なら問題ないと思った。
ちなみに5番は俺
うちの中学の砦なんて呼ばれていた チームが2-2になったときに俺の出番。
記憶にある限り1回しか団体5番手で負けたことはない気がする
ただプレッシャーはやはりすごいものだった なんせ自分が勝つか負けるかかで勝負が決まるのだから。

そんななか勝負は終わった
俺に回ってくる前に。 そう4番てが負けてしまったからだ 正直五分五分 勝つときは勝つし負けるときは負ける相手だったから仕方ない!
悔しかったが団体はここで終了。

個人戦
特に詳しく書く必要もないから省略すると県大会出場した
そして県大会で散った やはり県大会までになると1回戦から強いこがわんさか
自分は3回戦で負けた 白井と石川も県で負けた

中学時代のスポーツ人生は 卓球に注いだ
本当に楽しかった。
部活はこれで引退になったけどちょくちょく顔を出したりクラブにも参加してたりした。

ちなみに部活以外の話をすると運動会はクラス対抗リレーと100mばかりでてた。
部活対抗リレーってのもあって卓球部は優勝した。



高校編に続く。


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